「真田丸」真田信繁の大阪ゆかりの地観光おすすめ3コース!

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2015年は大阪夏の陣から400年に当たります。
また2016年にはNHKで大河ドラマ真田丸が放映され、大阪では大阪の陣と真田丸ゆかりの地に幟旗が建てられ、こうしたスポットを散策する事が密かなブームとなっています。

そこで、この真田丸の真田信繁の大阪ゆかりの地を訪ねる散策観光に勧めの3コースを神社仏閣と共にご紹介いたします。

 

玉造界隈の真田丸ゆかりの地

関ヶ原の戦いで敗れた、真田信繁(幸村)は高野山に幽閉されていました。
しかし、なお豊臣家を滅ぼそうとする徳川勢との一触即発の状況を見て、高野山を脱出し大阪城に入りました。

大坂の陣では当初、真田信繁は積極的に出撃して戦う事を進言しました。
しかし豊臣方は篭城策をとります。

このため真田信繁は大阪城の南側の、自然の深い谷を隔てた現在の玉造辺りに、独立した出城を築きました。
これが真田丸です。

そこに徳川方を引き付け、上田城の戦いで父が用いた馬出しを利用した戦術で徳川方の前田利常、井伊直孝、松平忠直等の軍勢を引き込み撃破に成功しました。

 
この真田丸があったとされる跡地には、三光神社やその西側にある心眼寺などがあり、ゆかりの地として有名です。

大阪城天守閣を訪問した際に、豊国神社を経て玉造口から南に足を延ばして散策されるのがお勧めです。

三光神社は変哲のない神社ですが、本殿の左手前の奥まった所に、大阪城に通じていると伝えられる真田の抜け穴や信繁の銅像があります。

また心眼寺は真田信繁を供養するために創建された寺院です。
門前に真田幸村出丸城跡の石碑が掲げられ、狭い境内の本堂横には没400年の2014年に信繁の墓標も建立されました。

この心眼寺は北側や東側の道からは、高い石垣の上に建っている事が分かります。
これは真田丸の北側の深い谷地の地形が残ったものと考えられています。

大阪冬の陣の和睦条件として、大阪城の外堀が埋められると同時に、この時の真田丸は徳川方によって破壊され、ゆかりの地と言っても往時の姿を見る事がほとんどできないのが残念です。

 

天王寺界隈の真田丸ゆかりの地

天王寺界隈では、現在は天王寺公園内にある茶臼山と、その西側に位置する安居神社がゆかりの地として有名です。

冬の陣で真田丸を失った真田信繁は、大阪夏の陣においては、冬の陣において家康が本陣を敷いた茶臼山を再利用して第2の真田丸を構築したのです。

東側や南側からの徳川勢の進軍を考え、家康時代の本陣に真田家の伝統戦術の馬出しを西側に付け足し、第2の真田丸としました。

現在では茶臼山は小高い丘に過ぎず、茶臼山への階段の入り口に、冬の陣では家康の本陣、夏の陣では信繁の本陣であった事を刻んだ石碑が歴史を伝えているだけです。

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真田信繁など豊臣側が立てた戦術が、第2の真田丸に敵を引き付ける作戦でした。

しかし、味方の毛利勝永が先走り、徳川方の本多忠朝勢に対して口火を切ってしまった為、戦術を変更。
十分に第2の真田丸を活用することが出来ませんでした。

真田信繁も茶臼山から出て徳川軍と熾烈な戦いを繰り広げ、兵力では劣勢でしたが善戦しました。

この戦いで疲れた真田信繁が、安居神社の松の木の下で休息を取っている時に、敵軍に襲い掛かられ、ここで真田信繁は戦死したと伝えられています。

安居神社の静かな境内には、2代目の「さなだ松」、石碑、休憩している姿の信繁像が並び、僅かに往時を偲ぶ事ができます。

さらに茶臼山と安居神社の間に位置する一心寺には、真田の抜け穴の1つとされる井戸があり、また夏の陣で奮闘して果てた家康方の本多忠朝の墓もあります。

あべのハルカスや通天閣のある新世界を訪れた時に、ぜひ立ち寄ってもらいたい真田丸ゆかりのスポットです。

 

八尾・若江の戦いゆかりの地

大阪夏の陣の戦いの1つである八尾・若江の戦いのゆかりの地として、八尾の常光寺と久宝寺寺内町を散策されるのがお勧めです。

八尾の常光寺は、河内音頭発祥の地として有名ですね。
夏には現在の河内音頭とは全く違った趣の正調節と現代版の河内音頭で盆踊りが催されています。

実はこの常光寺は、大阪夏の陣で徳川側の藤堂高虎が方丈の縁側で、豊臣方の武将の首の検証をしたと伝えられており、夏の陣のゆかりの地でもあるのです。
境内には、藤堂家の家臣71士の墓が建立され、ひっそりと夏の陣の時代を今に伝えています。

 
この常光寺を訪れた後、少し距離はありますが、徒歩にて西南西に向かうと、久宝寺寺内町があります。

この寺内町は、蓮如上人によって建てられた久宝寺御坊として親しまれて来た顕証寺の寺内町として、1540年頃に築かれたものです。

数軒の登録文化財に認定された古い民家も残っており、大阪府内有数の規模を誇る寺内町です。
碁盤の目に整備された路地や白壁の伝統的な民家が残る町並みが昔の風情を偲ばせてくれます。

実はこの趣ある久宝寺寺内町も、大坂夏の陣の戦いでは、合戦の場となったのです。
豊臣方の長宗我部盛親が、ここで徳川勢を食い止めようとし、あえなく敗れ、敗走した戦いがここで繰り広げられたのです。

こうした大坂夏の陣の戦いの地は、この八尾市からさらに南に位置する河内国分(柏原市)や道明寺周辺(藤井寺市)など、多数の地で両陣営が激突しました。

強者どもを偲びながら、この3コースの散策観光を楽しまれてはいかがでしょうか?
おすすめですよ!

真田信繁、真田丸の最後ラスト最終回は史実ならどうなる?の記事もあります。
 

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  • 2016 07.18
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